今回は油圧ショベルの構造やスペックについてもう少し詳しく説明していきます。
私は大手重機メーカーで20年間油圧ショベルの設計に従事してきました。どんな部品を使っているか、どんな仕組みなのかを理解しております。
この記事では油圧ショベルの設計者が油圧ショベルの構造やスペックをどのように決めているかを説明します。
この記事を読むと油圧ショベルの仕組みをもう少し深く理解することができます。これであたなも油圧ショベル博士!!
今回は油圧ショベルの設計の考え方について踏み込んでいるので少し難しいかもしれませんので、設計について興味がないなら読み進まなくて大丈夫です。
油圧ショベルの構想設計
油圧ショベルの構想設計の内容と設計原則
油圧ショベルの設計にあたり、まずは施工対象の特徴および要求を考える必要がある。施工対象について十分に調査し、市場ニーズに基づいてマシンタイプや機体の大きさを決める。そしてその他付加機能や製造条件、コスト、性能、先進性、環境要求、アフターサービス、競合機との優位性などを検討する。構想設計とはこれらを総合的に決めるものです。
- マシンタイプとモデルの決定
- 設計要件と構想方案、プロジェクトミッションステートメントの決定
- 油圧ショベルの主要性能目標の決定
- メインコンポーネントの方案と主要性能の決定
- 油圧システムの方案と主要性能の決定
- その他補助システムの方式の決定
- 法規分析と各性能項目のチェック
どんな製品開発でも同じであるが、実用性、実現可能性、経済性、信頼性、先進性、省エネ・環境要件を考慮して設計する。
基本構想と設計要求仕様の制定
市場ニーズをもとに動力システム、作業装置、旋回システム、走行システム、油圧システムおよびその他補助システムを含む機体の構造方案を確定する。
マシンタイプとモデルの決定
マシンタイプとは、バックホーなのかフロントローダーなのか、バケットなのか、掘削用なのか積み込み用なのか等、ターゲットに合ったものとする。
モデルとは、マシンタイプの具体的な形式であり、例えばバックホーならば、走行システムのタイプは履帯式なのかタイヤ式なのか、車体重量区分はミニ、小型、中型、大型、超大型のどれか、作業装置タイプは通常バックホーなのかクレーン作業対応なのか等々。
市場ニーズ、業界状況、技術レベル等に応じて決定します。
動力システム形式の決定
現在でもまだ主力はディーゼルエンジンあるが、ハイブリッドモデルも増加しつつある。また超大型機では鉱山で電動機を動力とするモデルもある。いずれも環境対応、初期コスト、ランニングコスト、移動自由度などメリット・デメリットがあるので、市場ニーズ、ターゲットに応じ確定する。
作業装置構造形式の決定
前述したように、バックホーは主に地面より下の掘削に使用されるので、基礎ピット、水利プロジェクト、および他の土工プロジェクトに適しています。しかし、補助機能として、様々な補助作業装置を設置した後、破砕、吊り上げ、解体などの補助作業を行うことも一般的である。一般的に、バックホウの仕事の大多数は、ブーム、アーム、バケットによるリンク機構で構成され、ブームシリンダはブーム下型に設置されている。
大型、中型、小型の油圧ショベルに使用される構造形式であり、より普及している基本的な構造形式でもある。
様々な使用シーンに対応するために、ほとんどのメーカーは、ブームやアームの長さを調整したり、様々な構造のバケットを採用するなどに対し、顧客のニーズを満たすために構想設計の段階で考慮されるべきである。さらに、ブレーカーや破砕機などのオプション装置などを追加するための予備のインターフェースや駆動装置、操作システムも用意しておくべきである。
ミニショベルは、一般に、ブームシリンダーがブーム上側に設置される吊り下げ式構造が採用される。この構造は、一般に、ブームシリンダーは1本で、より単純な構造形式を有する。
バックホーフロントの主要なスペックとして、バケット容量、最大掘削深さ、最大掘削半径、最大掘削高さ最大放土高さがある。
作業装置の具体的なパラメータについては、別の記事で紹介します。
フロントローダー作業装置は主に地面より上の土壌を掘削するために使用され、その適用場面は大規模な露天掘り鉱山、大規模な水利プロジェクトなどである。一般的な構造は、ストレートブーム、ストレートアームでブームシリンダーは下側に配置される。バケットは一般的に底が開閉して排土する形式が使用されます。
フロントローダーのもう一つの構造形式 – バケットの排土がホイールローダー等と同様にチルト式の形式があります。ブーム、アームの構造は前記形式同様です。
主なパラメーターは、バケット容量、最大掘削高さ、最大掘削半径、最大荷降ろし高さである。バックホー同様にオプション装置などの対応も考慮しておく必要がある。
ただ、オプション装置についてはオプション装置メーカーの要求仕様に応じて開発するのだが、販売後に顧客が各自選定して装着することもあるので、一般的には標準規格に従いリフト能力を計算し提示しておくことで過重によるトラブルを避けておくべきである。
旋回駆動方式と旋回減速機構造形式、停止方式の決定
前述したとおり、油圧ショベルの旋回方式は360°旋回可能な形式となっている。
一般的な構造では油圧モーターと減速機の組み合わせです。もう一つの形式として近年ではハイブリッド式の油圧ショベルでは電動モーターと減速機の組み合わせを採用している。旋回の加速時に電気エネルギーを使用して動かし、旋回減速時に電気エネルギーを回収、蓄積する。旋回操作の頻度が多いときには省エネ(燃費低減)効果が大きい。
減速機は、旋回の出力トルクの増加のために旋回モーターの出力軸に連結している。旋回の駐車ブレーキの方式は一般的に機械式のディスクブレーキを採用している。旋回の操作を開始した時に指令油圧によりブレーキを解除し、操作をやめた時にバネ力によりブレーキを作動する。
走行装置構造形式の決定
油圧ショベルの走行装置はクローラ式とホイール式の2種類がある。なかには水陸両用のような特殊な構造のものもあるが本記事では一般的なクローラ式の走行装置について説明する。
クローラ式の走行装置は構造としては成熟しており、起動輪、遊動輪(アイドラー)、下部ローラー、上部ローラーおよびクローラ(履帯)で構成され、部品メーカーに仕様を提示することで製作できるようになっている。
駆動装置としては旋回装置同様に油圧モータと減速機の組み合わせで構成される。
油圧ショベルの走行速度は速くない。低速と高速の2段切替えでき、最高速度は概ね5.5km/h以下である。走行装置を設計するうえで考慮する性能は牽引力と登坂能力であり、また装置が走行フレームから飛び出すと走行時に邪魔になるので装置の大きさも考慮が必要である。
ブレーキについては旋回装置同様に走行装置内に、油圧と機械式の組み合わせでブレーキが構成されているのが一般的である。
油圧システム構造方案の決定
油圧システムはエンジンの動力を油圧ポンプを介して油圧パワーに変換します。そしてその作動油、各種バルブや油圧配管を介して油圧パワーを油圧モーター、油圧シリンダー、走行駆動装置、旋回駆動装置、作業装置や補助装置を動かします。よって、油圧システムは油圧ショベルにとってとても重要な役割を果たしています。
油圧システムの分類についてですが、分類の仕方で以下の(1)~(4)の様に分類することができる。
- 油圧ポンプ数での分類:1ポンプシステム、2ポンプや3ポンプ等の多ポンプシステム。
- 油圧ポンプの構造での分類:固定容量型ポンプ、可変容量型ポンプがあるが、エンジンおよび油圧ポンプのパワーを効率的に使用するために可変容量型ポンプを採用するのが一般的である。
- 油の循環方式での分類:クローズシステムとオープンシステムに分けることができ、さらにオープンシステムはオープンセンターシステムとクローズドセンターシステムとに分類される。
オープンシステムは油圧ショベルで広く採用されているシステムで、作動油タンクを介して油を循環させるシステムである。クローズシステムは逆に作動油タンクの無いシステムで、油圧ポンプとアクチュエータが閉回路接続されている。クローズシステムは油圧ショベルでは旋回システムの油圧回路などに使用されている。 - ポンプ連結方式での分類:タンデムポンプとパラレルポンプに分類される。タンデムポンプとは複数ポンプを直列接続している形式、パラレルポンプとは並列接続している形式です。タンデムポンプだと吸い込み口が1つで済みます(複数にもできる)。
その他補助システムの方式の決定
ベースマシンの構造の方案決定後、その他補助システムの方式を決定する。その他補助システムとは操縦システム、電気システム、冷却システム、潤滑システム、アタッチメント等を指し、これらのシステムは油圧ショベルの性能を十分発揮するために重要な役割を果たす。
油圧ショベルの基本スペックと主要スペック
基本スペック
- 運転質量(本体質量、作業装置質量、各主要部品質量も含む)
- 掘削力
- 主要寸法(バケット容量、作業範囲、機体外形、作業装置寸法等)
- 出力(エンジン出力、油圧システム出力を含む)
- 経済性技術指標(バケット容量比、サイクルタイム等)
- 走行性能(走行速度、登坂能力、牽引力等)
主要スペック
以下に主要スペックの定義の説明を記す。
運転質量
運転状態の質量、具体的には本体質量+作業装置質量+燃料、作動油、潤滑油、冷却水質量+車載標準工具質量+運転員質量。
<参考:JIS A 8403-1>
標準バケット容量
単位はm3で表わし、日本ではJIS規格で規定されている。バケットの内部寸法によって定まる平積容量と,その上部に積載した山部の体積とからなる。山部の体積はバケットの上縁から1:1の勾配で掘削物を盛り上げた場合の容量。
<参考:JIS A 8403-4>
エンジン出力
エンジン定格出力のことを指し、単位はkWで表わし、日本ではJIS規格で規定されている。定められた運転条件で,定められた一定時間の運転を保証する出力。ネット出力ともよばれ、試験のときに特定の冷却装置及び過給器の補機(冷却ファン)を装着し測定したエンジンの軸出力。
<参考:JIS D 0006-1>
バケット容量比
運転質量に対するバケット容量の比率(運転質量÷バケット容量)で、単位はkg/m3もしくはt/m3で表わし、積み込み作業等ある程度決められた作業での経済性を見ることができる。例えば、同じ運転質量および同条件下での比較の場合このバケット容量比が低いほど生産性が高く経済性が良いということができる。但し、比較時の注意点としては同構造であることや、同様の作業内容であるかを確認する必要がある。
油圧システム形式
想定する作業の特徴に基づき固定容量ポンプ/可変容量ポンプの選択や、エネルギー利用率や発熱量の観点からみて、現代では概ね可変容量ポンプを採用するのが一般的である。
油圧システムの圧力および流量
油圧システム圧力とはメイン回路の安全弁の設定圧力を指し、単位はMPaで表わす。また作業装置回路圧力、旋回システム圧力、走行システム圧力に分けることができる。
油圧システム流量とは油圧(メイン)ポンプの最大流量を指し、単位はL/minで表わす。この最大流量は概ね各単独動作で発揮することができる最高スピード時の流量ともいえる。
最大掘削力
基本的に油圧システム圧力での負荷時のバケットシリンダーもしくはアームシリンダーが発揮する時のバケット刃先に生じる(掘削方向に対する)最大の力のことを指し、単位はkNで表わす。バックホーフロントではバケット最大掘削力およびアーム最大掘削力、フロントローダーフロントではバケット最大掘削力、アーム最大掘削力や最大押し出し力で表記される。
<参考:JIS A 8403-1>
最大牽引力
走行装置が発揮できる最大駆動力での油圧ショベル走行時の最大走行力を指し、単位はkNで表わす。
<参考:JIS A 8403-1>
最大登坂能力
油圧ショベルが走行することができる坂道(上り坂)の最大勾配を指し、単位は%で表わす。(登坂角度をθとすると、tanθ=勾配(%))油圧ショベルでは各社概ね70%(35°)の登坂能力としている。
(JIS抜粋:平らな堅土の坂路で,無負荷状態の油圧ショベルを登坂、降坂及び停止するため、走行制御装置の能力、エンジンの傾斜運転角度、燃料・作動油などの漏れを生じない傾斜角度及び機械安定性などの制限から登坂できる最大能力。ただし、油圧ショベルと路面との滑りによる影響はないものとした場合の連続登坂できる最大の能力。)
<参考:JIS A 8403-1、JIS A 8403-2>
走行速度
クローラ式油圧ショベルでは一般的に高速/低速の2段階の速度設定があり、単位はkm/hで表わす。走行速度の範囲は統計的にみると概ね低速:0~3.5km/h、高速:0~5.5km/hの範囲内で設定されている。
接地圧
クローラの接地面積にかかる圧力を指し、単位はkPaで表わす。中小型クローラ式ショベルでは概ね30~100kPaの範囲で分布している。
(JIS抜粋:運転質量に相当する荷重を接地面積で除した圧力。)
<参考:JIS A 8403-1、JIS A 8403-2>
作業範囲
油圧ショベルの特定の姿勢でバケット先端部が到達することのできる最大範囲を指し、その範囲を座標でプロットした範囲図。単位はmmで表わす。一般的に製品カタログには最大掘削半径、最大掘削深さ、最大掘削深さ時半径、最大垂直掘削深さ、2.5m水平掘削可能の最大掘削深さ、最大掘削高さ、最大掘削高さ時半径、最大ダンプ高さ、最大ダンプ高さ時半径、最小ダンプ高さ、床面最大掘削半径、フロント最小旋回半径等主要な寸法を表記する。
<参考:JIS A 8403-1>
輸送寸法
油圧ショベルの輸送状態(分解が必要なら分解後)の最大寸法を指し、単位はmmで表わす。全長、全幅、全高などを表記する。
<参考:JIS A 8403-1>
サイクルタイム
代表的なのは、ダンプカーへの積込み動作に相当する掘削→旋回→放土→掘削位置への戻りの1サイクルの所要時間を指し、単位はs(秒)で表わす。
但し、比較する際の注意点としては、掘削や旋回(特に掘削時)は掘削対象の状態の影響を大きく受けるので注意。(土と砂、乾燥状態とウェット状態等)
<参考:JCMAS H 020(←この規格では模擬動作となっているためあくまでも参考程度>
最大持上げ力
油圧ショベルの特定の姿勢でのブームシリンダーの作動によってバケット刃先に生じる垂直上向きの力の最大値を指し、単位はkgまたはtで表わす。(ISO規格ではバケット不付きのアーム先端位置での持上げ力と規定。製品カタログでは各社概ねISO規格に則り表記している方が多い)
但し、表記する持上げ力の最大値は機体の転倒荷重の75%もしくは油圧能力の87%を超えてはならない。(油圧能力とは各測定点でブームシリンダーorアームシリンダーいずれかの低い方を用いる)
<参考:JIS A 8340-4、ISO 10567、JIS A 8403-1、JIS A 8403-3>
以上の仕様は油圧ショベルの全ての性能を表すものではなく基本的なスペックであると考えて頂きたい。
油圧ショベルの主要スペックの選択
油圧ショベルの主要スペックは性能に対してのみでなく機体の構造にも関係する。主要スペックを正しく選択することは以後の設計工程の手戻り等を防ぐためにも重要なので十分な注意を要す。
油圧ショベルの主要スペックの選択は以下の項目に従う。
- 顧客の稼働現場要求を満足すること。
- 設計要求仕様を満足すること。
- 従来機に対し一定以上の先進性がある。
- 国内、国際の法規および標準規格を遵守する。
- 確実な理論もしくは信頼性のある経験に基づいている。
- 自社の技術レベル、製造能力を考慮する。
上記のほかに当然設計規則や基準に従う。但し注意が必要なのは主要スペックの各パラメータ間には矛盾が発生することもあるので性能全体を考慮し判断すること。例えばバケット容量の増加は油圧ショベルの仕事効率を向上させるが、負荷の増加が機体の作業能力を超えてしまったり、または作業装置の作業範囲の拡大は掘削力の低下や車体安定性の低下を招く等トレードオフの関係になっているものがある。
まとめ
このように、市場の把握から機体の構造、性能、信頼性、コスト、製造、競合優位性、法規の対応まで実に多岐に渡って検討してやっと構想設計案ができあがります。
今回は設計者が油圧ショベルの構造やスペックをどのように決めているかについて少し詳しく説明しました。皆さんが今までより油圧ショベルに興味をもって頂けたなら幸いです。
本ブログでは重機の代表格である油圧ショベルの基本的な仕組みについてさらに詳しく掲載しているので興味があればご覧になってください↓↓↓
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